学校概要

高鍋高校の精神 Mind

高鍋高校は、1778(安永7)年に
秋月藩七代藩主 秋月種茂公が設立した藩校「明倫堂」の精神を引き継ぎ、
今年で創立94年の歴史と伝統を誇る学校です。

明倫堂の精神とは、

「国づくりの基本は、人材育成である」とし、「学校は、則ち人材を養成する地である」

と種茂公が『明倫堂記』で述べており、その石碑が正門西側に建てられています。
また、明倫堂から輩出された“孤児の父”石井十次の『帰国途上の所感』に、

「高鍋は理想的人物を養成するに最も適当なところ」

であると賛美しています。同じく正門横に記念碑として建てられています。

私たちは高鍋の風土に誇りを持つと同時に、
人々のために奉仕する有為な人間になれるよう努力し、
この高鍋で、そして世界に羽ばたいていきたいものです。

本校に校訓はありませんが、
明倫堂の精神はその後、伝統的教育理念として受け継がれ、展開されてきました。
それが以下です。

「心身學道」「師弟同行」(道元の『正法眼蔵』より)
「文武両道」(先輩の実践の歴史から)
「真善美」(校歌より)
「集中・機敏・奉仕」(生徒会のスローガン)

このように、古来より教育に適した環境にある本校では、
明倫堂の精神と伝統的教育理念を大切にしながら
その精神(こころ)を受け継ぎ、

「一人ひとりが輝いて 煌めく未来を切り開こう」をスローガンに

平成26年度からは「古豪復活」
平成28年度からは「高鍋高校ここにあり」を合い言葉に
生徒・職員・保護者が地域と連携しながら、
さらなる活性化と発展に立ち向かっているところです。

沿革 History

明治45年4月 高鍋町立高鍋高等女学校開校
大正12年4月 財団法人高鍋中学校開校
昭和4年2月 実科高鍋高等女学校を県に移管、宮崎県立高鍋高等女学校と改称
昭和10年2月 高鍋中学校正門通りにナンキンハゼ植樹
昭和18年4月 高鍋中学校を県に移管、宮崎県立高鍋中学校と改称
昭和23年4月 学制改革により県立高鍋中学校、同高鍋高等女学校、同高鍋農業学校を
統合して宮崎県立高鍋高等学校を設置し、普通科・家庭科・農業科を
置き、併設中学校を付す。別に、富田・川南に定時制を置く
昭和23年4月 宮崎県立小林中学校長兼併設中学校 長田内 高次 初代校長として就任
昭和25年5月 家庭科校舎新築着工、同年7月食物関係教室竣工
昭和26年10月 被服教室、芸能科教室竣工
昭和27年3月 講堂新築完工
4月 宮崎県立大宮高等学校長職務代行 川畑 明彦 第2代校長として就任
都農校舎を設置し、普通科・別科(農業科・家庭科)を置く
5月 宮崎県立高鍋農業高等学校設置により、農業科並びに定時制を同校に移管
昭和28年3月 商業科(1学年50名)を設置
4月 校長公舎を購入
昭和29年3月 児湯郡木城村仁君谷に学校分林を設置
昭和30年2月 宮崎県立都農高等学校設置により、都農校舎を同校に移管
4月 宮崎県立小林高等学校 長下田 敏 第3代校長として就任
昭和32年3月 商業科教室、同実務室1棟竣工
4月 宮崎県立都城泉ヶ丘高等学校長 向高 祐興 第4代校長として就任
昭和33年3月 家庭科被服関係教室改造
昭和35年5月 普通科教室(10教室)新改築(鉄筋2階)
昭和37年4月 普通科・家庭科1学級増
6月 普通教室(8教室)改築(鉄筋2階)
8月 普通教室(6教室)改築(鉄筋3階)
昭和38年2月 宮崎県立都城ろう学校長 吉原 政嗣 第5代校長として就任
3月 管理棟(普通教室5を含む)新改築(鉄筋3階)
4月 普通科2学級増
5月 プール完工(50m9コース公認)
6月 雨天投球場(野球後援会)完工
昭和39年9月 家庭科実習室(食物・被服各1)新築(鉄骨)
職員住宅新築(PTA)
昭和40年4月 商業科1学級増
6月 理科棟(普通2、美術・書道各1を含む)新改築(鉄筋3階)
9月 作業用具倉庫および売店新築(木造:後援会)
野球部室新築(木造:PTA)
12月 屋内体育館竣工(鉄骨鉄筋コンクリート造)
昭和41年4月 宮崎県立日向工業高等学校長 古市 一 第6代校長として就任
普通科1学級増、商業科募集停止
5月 水源増設工事竣工
図書室新築(木造:PTA)
10月 音楽教室改造
昭和42年3月 コンクリートブロック塀完工
4月 宮崎県立小林工業高等学校長 松浦 三州 第7代校長として就任
昭和44年9月 自転車置場増設
渡廊下新設
昭和45年2月 格技教室竣工
自転車置場改築
用具倉庫改築
昭和46年9月 自転車置場寄付受入れ(PTA)
昭和47年3月 雨天投球場寄付受入れ(野球後援会)
クラブ室・図書館・焼却炉寄付受入れ(PTA)
8月 サーキット、トレーニング施設設置
9月 創立50周年記念式典挙行(歌碑設置:石井十次先生帰国途上の所感)
昭和48年4月 昭和47年度全日本学校環境緑化コンクール入賞(高校の部準特選)
12月 弓道場新築
昭和49年4月 宮崎県立小林工業高等学校長 松田 定雄 第8代校長として就任
昭和52年3月 高圧受電設備設置、夜間照明設備設置
昭和53年3月 特別教室棟(音楽教室等)新築
4月 宮崎県立日南高等学校長 津島 捨己 第9代校長として就任
記念庭園寄付受入れ(同窓会)
昭和54年3月 図書室・視聴覚教室新築
4月 学校安全研究指定校になる
5月 切原専用球場完成
昭和55年3月 教育近代化設備(LL・アナライザー等)設置
4月 作業用具倉庫及び売店寄付受入れ(PTA)
12月 自転車置場新設
昭和57年4月 宮崎県教育委員会教育庁主幹 松田 義信 第10代校長として就任
10月 創立60周年記念式典挙行および記念植樹事業
11月 第3棟屋上高架水槽設置
昭和58年3月 勤労体験学習ほ場造成 第1棟及び第2棟照明改修
8月 第3棟窓枠改修
9月 電話自動交換機設置
昭和59年12月 屋内体育館防水工事
昭和60年1月 屋内体育館消火栓設置
4月 宮崎県立宮崎東高等学校長 永友 元夫 第11代校長として就任
10月 自転車置場新設
昭和62年3月 第2棟及び第3棟屋上防水工事
4月 宮崎県立高千穂高等学校長 宇田津 一郎 第12代校長として就任
昭和63年3月 自転車置場増設、プールフェンス改修
9月 自転車置場増設
平成元年1月 格技室増築
3月 プール改修工事
11月 第2棟防音改造工事
平成2年2月 食物校舎防音改築工事(1階食物室、2階会議室)
3月 自転車置場増設、プールフェンス改修、焼却炉設置
4月 文部省指定「運動部活動研究推進校」(3カ年の継続研究)
12月 給湯室増築、管理棟機械室新設、特別教室棟(音楽・LL)機械室新設
管理棟・特別教室棟防音改造工事
平成3年1月 図書館棟防音改造工事
4月 宮崎県立都城泉ヶ丘高等学校教頭 河野 聚 第13代校長として就任
10月 体育館全面改修工事
平成4年1月 屋外運動場一部改修工事
2月 特別教室棟(音楽・LL)~第2棟~体育館渡り廊下新設工事
3月 被服棟、第3棟防音改造工事及び機械室新設工事
4月 宮崎県教育委員会教育庁学校教育課主幹 笹山 竹義 第14代校長として就任
11月 創立70周年記念式典挙行、校旗新調、梵鐘寄付受入れ
平成5年8月 同窓会館門柱工事
平成6年2月 体育館緞帳新調
3月 合併処理施設完成
4月 宮崎県教育委員会教職員課長補佐 久永 則雄 第15代校長として就任
7月 体育館屋根塗装
10月 自転車置場増築工事
平成7年3月 管理棟前庭舗装工事、グランド北側フェンス増設
4月 学科改編により家政科を生活情報科に改称
9月 弓道場フェンス設置
10月 コンピューター室設置
12月 第1棟~第2棟東側通路サンルーフ設置 鳴海ケ丘会館改修工事、冷暖房設置
平成8年4月 宮崎県教育委員会保健体育課長 金丸 博實 第16代校長として就任
12月 高架水槽撤去工事
平成9年3月 身障者用トイレ新築工事
平成10年4月 宮崎県立本庄高等学校長 別府 俊紘 第17代校長として就任
平成11年3月 第1棟大規模改修完工、部活動支援施設完成
平成12年3月 部室改築、サッカー練習用ゴール新設
平成13年3月 保健室空調設置、校内LAN(第1、4棟)設置、校内時報(第1、4棟)改修、
生活情報科電算組織導入
4月 宮崎県立宮崎海洋高等学校長 坂元 紘 第18代校長として就任
12月 第2棟子時計設置
平成14年1月 第3棟大規模改修
11月 創立80周年記念式典挙行及び記念築庭(清観公碑周辺及び中庭整備)
平成15年3月 運動場改修、弓道場改築、生活情報科電算組織導入
4月 宮崎県教育委員会学校教育課主幹兼高校教育係長 寺田 建一 第19代校長として就任
平成17年4月 本校教頭 齊藤 薫 第20代校長として就任
平成18年1月 体育館落成式挙行(記念行事及び記念式典)
平成19年4月 宮崎県立延岡西高等学校校長 河野 包 第21代校長として就任
平成21年3月 体育館東側壁面に校章・学校名表記(PTA)
平成21年4月 宮崎県教育委員会学校政策課課長補佐 前田 哲司 第22代校長として就任
平成23年4月 宮崎県教育委員会教職員課課長補佐 西立野 康弘 第23代校長として就任
平成24年4月 首藤 忠一 第24代校長として就任
11月 創立90周年記念式典挙行及び記念公演
12月 第4棟 耐震工事完工
平成26年4月 宮崎県教育委員会教職員課課長 早日渡 志郎 第25代校長として就任
平成28年4月 宮崎県教育委員会学校政策課課長補佐 児玉 康裕 第26代校長として就任
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